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【第1章⑥】恋はすぐ冷めるのに、片思いは長引く科学的理由(とその哲学的対策)

★出版のお知らせ★

当ブログで『愛と哲学の自分探し』(仮タイトル)の草稿メモを公開してきましたが、この度、『男のための自分探し』というタイトルで8月上旬に出版が決まりました。

草稿は仮のもので、不完全だったところを加筆修正しましたので、今後は書籍版をご覧頂ければ幸いです。

よろしくお願い致します。

 出版社の紹介ページはこちらへ。内容が一部、お読みになれます。

 動画での紹介はこちらへ。

【第1章⑦】愛は四年で終わる──若いカップルほど別れやすい理由と、ニーチェが語る本当の愛

 恋を科学的に分析してきましたが、これまでの話をまとめておきます。

 愛が芽生えると、脳の中の覚醒剤PEAの働きで、性交して子供を生むのに十分な期間、恋人どうし引かれあいます。その情熱が冷めたころには、脳内麻薬エンドルフィンによって夫は妻に強く愛着し、家庭にとどまって妻子を守ります。

 結婚生活は二人に人生最大の幸せ(ほんわか気分)をもたらすでしょう。この「ほんわか気分」と密接な関係のある物質が、「幸福ホルモン」セロトニンです。脳内のセロトニンが多いと、癒され落ち着いた気分になりますが、減少すると憂うつになり、自殺しやすくなります。

 セロトニンを増やすSSRI(セロトニン再取り込み阻害剤)は、うつ病の治療に使われています。飲むと幸福感と安心感が増すので、通称ハッピードラッグ(幸福剤)とも呼ばれます。中でも「プロザック」という製品は1988年にアメリカで発売されて以来、爆発的な人気を呼びました。使用者は世界中で二千万ともいわれ、最も有名な日用品に数えられています。うつ病でないのに、ビジネスマンが「明るくなりたい」「積極的になりたい」という理由で使ったり、元気のない猫に飲ませる人まで現れました。

 薬のことはともかく、結婚すれば「ほんわか気分」に包まれることは、ほぼ確実でしょう。恋人たちの脳で何が起きているか知ると、私の体が実にうまくできていることに、感心させられます。

 しかし、感心している場合ではありません。

 今までは結婚が人生の唯一にして最大の幸せであるという、明るい面を紹介してきましたが、その影には私たちが目を背けたくなる冷厳な事実が潜んでいます。

 これから結婚の幸福と毒を論じますが、今回はまず、「恋をして結婚すれば自動的に幸せになれるなら、みんな幸せになっているはずじゃないか」という、当然すぎる疑問に答えておきます。

 たしかにほとんどの人は、結婚すれば平均して四年間は幸せです。しかし逆にいえば、その至福は四年の命です。多くの社会で、結婚して二年たつと離婚する人が増え始め、四年目にピークを迎えます。四年目の浮気を乗り越えると、離婚率は減ります。

 なぜ愛は四年で終わるのか。

 四年たったらパートナーを変えた方が、子孫を多く残すのに有利だったからでしょう。モンテーニュは「本人がどう言おうと、われわれは自分のために結婚するのではない。むしろ子孫のために結婚するのだ」と言っていますが、結婚だけではありません。結婚も離婚も浮気もすべて、優れた子孫を多く残すためなのです。

 アメリカで最も著名な人類学者の一人、ヘレン・フィッシャーの学説を紹介します。私たちの祖先は、どのような婚姻生活を送っていたのでしょうか。今日の伝統的な社会を調査すると、子供が乳離れするのに必要な期間は、ほぼ四年です。この数字が離婚のピークと一致するのは、偶然ではないでしょう。

 今日のように核家族化が進んでおらず、複数の家族が集団で生活していた原始時代には、乳離れした子の世話は周囲にまかせ、配偶者を変えて新しい関係を結ぶことができたと考えられます。両親が異なれば子供の体質も変わりますから、伝染病が流行しても全滅は防げるかもしれません。

 環境がころころ変わる厳しい自然界では、似たような子ばかり産むのは危険です。日本では平成五年の冷夏で記録的な米不足が生じ、「平成の米騒動」といわれましたが、人気のある品種ばかり作っていると、環境が激変したときに、ことごとく不作になります。「新型インフルエンザ」など未知のウイルスが人類を脅かしていますが、新しい伝染病に対抗して子孫を残すには、可能な限り多様な子供を残すべきでしょう。

 子孫を増やすことだけ考えれば、子が離乳したらパートナーを変えるのが最適です。この賢い戦略を、私たちの祖先は進化の過程で身につけたのではないでしょうか(注1)

 そうでなければ、現代でも若い夫婦ほど離婚率が高いことが説明できません。これは普通に考えられるのとは、正反対の現象です。結婚して二十年、三十年過ぎれば飽きるでしょうし、子供も社会に出るのですから、その後で熟年離婚するなら納得できます。

 しかし実際には、男女ともに離婚にふみきる数が多いのは、二十代の生殖能力が盛んな時です。「まだやり直せる」可能性が高いほど、別の人と再婚する可能性が高まるのです。特に女性の側が経済的に豊かで、夫に頼らず生活できると、よけい離婚率が高まります。

 逆に子供が多くなるほど、また夫婦の年齢が上がるほど、新しい生活を築いて子を産む負担が大きくなるので、離婚の動機も弱まるのです。若いうちに経済力のある女性と結ばれるのは、統計学的には最もリスクの高い結婚です。

 結婚の幸せも四年とは……。

 しかし、四年後に離婚するカップルが多いのは事実ですが、大多数の夫婦はその危機を脱して結婚生活を続けています。愛は続かないという当前の学説より、こちらのほうが注目すべき現実です。愛が終わる人、終わらない人、どこが違うのでしょうか。

 愛のときめきが四年で消えたとき、「こんなはずではなかった。私の求めていた結婚は、もっと別にあるはずだ」と、新たな出会いを望む人は、四年後に同じ悲運に見舞われるでしょう。私たちの脳には、結婚すれば幸せになるシステムと、その喜びを終わらせるシステムと両方あるからです。

 自分の脳に振り回されないためには、星の王子様と運命の結婚をすれば幸せになれるという幻想を捨て、もっと賢い愛し方を模索しなければなりません。それは困難な道ですが、多くの人が一時の情熱が冷めた後で、本当の愛を見いだしています。本当の愛とは……

 ニーチェに答えてもらいましょう。
「誰がこの愛を知っているであろうか? 誰がこの愛を体験したろうか? この愛の本当の名は友情である」(注2)

 安定した結婚には、趣味や興味の一致が欠かせない要素だとよく言われます。友だちとして末永くつきあえる人を探しましょう……孤高の哲学者ニーチェからのアドバイスでした。


【注1】

「現代の世界の離婚のピーク──結婚四年め──は、伝統的な人類の出産の間隔である四年とも一致するのである。つまり、わたしの理論はこうだ。繁殖期間だけつがうキツネやロビンその他多くの種と同じように、ひとの一対一の絆も、もともと不要を必要とする子供ひとりを育てる期間だけ、つまりつぎの子供をはらまないかぎり、最初の四年だけ続くように進化したのである」(『愛はなぜ終わるのか―結婚・不倫・離婚の自然史』146-147頁)《本文へ戻る》

愛はなぜ終わるのか―結婚・不倫・離婚の自然史
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【注2】『ニーチェ全集〈8〉悦ばしき知識 (ちくま学芸文庫)』81頁[第1書14節]

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