« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

【第2章②】恋人がいないのは、「自分に魅力がないから」と思うのは、500%間違っている

 いよいよ人生最大の不条理に取り組む時が来ました。

 恋人がいないのは自分に魅力がないからと思っている男性は、500パーセント間違っています。自分ではなく、精子が卵子より価値がないから、あぶれる男が出てくるのです。

 動物の世界でも、基本的に雌が雄を選びます。だから雄は雌の「オーケー」をもらえるように、他の雄と激しく競争しなければなりません。動物も一般に雌の売手市場で、あぶれるのは雄です。特に一夫多妻の種では、雄の大半が生殖のチャンスを奪われています。
 一例をあげると、ゾウアザラシの雄は十頭から三十頭の雌を独占してハーレムを作ります。特に強い雄は二百頭のハーレムを構えて、百頭以上の子どもを設けます。一方、脱落した大多数の独身雄は、ひたすら他の雄と戦って、ハーレムの主になろうと奮闘するのです。しかし結局、多くの雄は苦労のかいもなく、一回も交尾ができずに死んでゆきます(人間に生まれてよかった)。

 しかしなぜ、雄が雌に頭を下げなければならないのか。雄と雌の決定的な違いを知れば、その謎は解けます。雄と雌はナニで区別するかといいますと、ペニスの有無ではありません(カエルや鳥、植物にペニスはありません)。
 男の苦しみを理解するために、一つだけ専門用語を使うと、生物学では「配偶子」の大小で雄雌を決めます。配偶子とは、雄と雌が子を産むときに放出する特別な細胞で、必ず大小に差があります。小さいほうが精子、大きいほうが卵子です。まとめると、小さな配偶子(精子)を作るほうを雄といい、大きな配偶子(卵子)を作るほうを雌というのです。

 精子は卵子より小さい。このたった一つの違いが原因で、これから見るように、雄と雌の運命は全く異なったものになります(注1)

 卵子は精子に比べると大きくて栄養も多いので、当然高価です。どれくらい差があるか、人間で考えてみましょう。女性は卵巣に二百万個の卵子をもって生まれてきますが、誕生後に新しく作られることはないので、卵子は死んで減る一方です。思春期には、二十万個から三十万個に減っています。それに対して、微細な精子は簡単に大量生産できますから、成人男性は精子を毎日一億個作り、生涯では二兆個に達します。卵子に比べたらタダ同然。
 卵子は精子よりはるかに貴重です。そんな特別な資産を持っているのですから、雌は生まれながらに尊いのです。雄は必然的に、その貴重な卵子を求めて壮絶な奪い合いをしなければなりません。

 雌ばかり得してずるい! そんな失礼なことを言ってはいけません。卵子を作るのも大変ですが、子どもを産むのはもっと大変です。夫婦が子どもを生むといっても、夫の貢献がわずか3㏄の精子なのに対して、妊娠した女性は九か月にわたって胎児に栄養を送らなければなりません。その間に消費するエネルギーは八万キロカロリーといわれ、これは千三百キロを走り抜くエネルギーです。

 安価な精子でさっと子どもを産める雄は、何と気楽なことでしょう……と言いたいところですが、雄は簡単に子を産めるからこそ、厳しい競争を運命づけられているのです。多くの雌が交尾をしたくなる優秀な雄は、いとも簡単に多くの雌を妊娠させることができます。そうなると、妊娠可能な雌の数は限られていますから、もてない雄は完全にあぶれてしまいます。
 人間も同じで、権力のある男や、モテる男が素早く複数の女性に手を出して妊娠させてしまうから、多くの男がベッドに入る機会を失ってしまうのです。

 男は出産や子どもに乳を与える苦労をしなくてよいかわりに、彼女を見つける熾烈なレースに参加しなければなりません。この戦いが嫌なら、自分が出産することです。現に雄が出産するタツノオトシゴは、雄がモテモテで雌から熱烈なラブコールを受けます。
 もっとも、男に陣痛の苦しみを与えたら死んでしまうと言われますので、やはり女性の許しを得るまで百回プロポーズするのが男の生きる道なのかもしれません。
 男はつらいよ。


【注1】

「動植物を通じて、雄を雄、雌を雌と名づけるのに使用しうる基本的な特徴が一つ存在するのである。雄の性細胞すなわち「配偶子」は、雌の配偶子に比べてはるかに小形で、しかも数が多いというのがその特徴だ。この点は、動植物いずれを扱う場合にも当てはまる。(中略)あとで明らかになることであるが、他のすべての性差は、この一つの基本的な差異から派生したと解釈できるのである」(『利己的な遺伝子 <増補新装版>』226頁)《本文へ戻る》

利己的な遺伝子 <増補新装版>
リチャード・ドーキンス 日高 敏隆 岸 由二 羽田 節子 垂水 雄二
紀伊國屋書店 (2006/05/01)
売り上げランキング: 2574

●読書メモ『ソクラテスの弁明』

ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)
プラトン 久保 勉
岩波書店 (1964/01)
売り上げランキング: 15562

●同書37より抜粋
 好き友よ、アテナイ人でありながら、最も偉大にしてかつその智慧と偉力との故にその名最も高き市の民でありながら、出来得る限り多量の蓄財や、また名聞や栄誉のことのみを念じて、かえって、智見や真理やまた自分の霊魂を出来得るかぎり善くすることなどについては、少しも気にかけず、心を用いもせぬことを、君は恥辱とは思わないのか(引用終わり)


 ソクラテス(前470-399)はアテネ市の三人から、「神々を信ぜず、青年を堕落させた」という罪状で告発され、死刑を宣告されました。法廷でソクラテスは、いささかも信念を曲げず、堂々たる反論でアテネ市民を啓蒙します。上に引用した痛烈な問責は、その一節です。ソクラテスは、たとえ殺されようと、このような問いはやめないと宣言しています。

 人間にとって真に大事なことは何か、ソクラテスは死の間際まで訴え続けたのです。

 ソクラテスの問責は、現代の私たちにも反省を迫ります。二千年前のギリシアも今日の日本も、人間の本質は全く変わっていないのかも知れません。ただ一つ変わったとすれば、進化論や大脳生理学によって、なぜ人が「自分を幸せにする」という最も大事なことを忘れて、貯蓄や評判ばかり気にかけるのか、その理由が分かったことでしょうか。

 ホワイトヘッドは「西洋哲学の歴史は、プラトンの脚注である」と言いました。プラトンの著作は今なお、汲めども尽きぬ英知の泉です。私が執筆中の『愛と哲学の自分探し』も、『ソクラテスの弁明』を若者向けに解説したにすぎません。

 不倫を正当化していると誤解されては困りますので、ささやかな弁明。。。(^_^;)

●読書メモ『反哲学的断章―文化と価値』

反哲学的断章―文化と価値
ルートヴィヒ ヴィトゲンシュタイン Ludwig Wittgenstein Vermischte Bemerkungen 丘沢 静也
青土社 (1999/07)
売り上げランキング: 54119

●同書76頁より抜粋
 だがわたしたちは、こんな気持をもっているのではないだろうか。
「人生に問題を感じない人は、なにか大切なこと、いや、もっとも大切なことが、見えないのではないか」と。
またわたしは、こうもいいたくなる。
「そのように惰性的に生きているだけの人は、そう、まさに盲目なのだ、いわばモグラだ。目が明きさえすれば、その人だって、問題があることに気づくのではないか」と。(引用終わり)

 20世紀最大の哲学者といわれるウィトゲンシュタインの言葉です。
【第1章①】でも述べましたが、自分探しをする人は、何か自分の人生に問題があるのではないかと気づいた人です。
「自分探し」を、甘えた青年の気取った悩みと冷笑する人もありましょうが、人生に問題があると気づかない人は、ウィトゲンシュタインに言わせれば、最も大事なことを忘れているのです。
 哲学の役目は、この隠された問題を発見させることです。しかしそれは、易しいことではありません。

●同書80頁より抜粋
 哲学的な研究をしたことのない人──たとえば、たいていの数学者がそうだが──には、その種の研究や調査のための、適切な視覚器官がそなわっていないのである。
 それは、森で、花やイチゴや薬草をさがしなれていない人が、なにひとつとして発見できないのにかなり似ている。かれの目は、そういうものにたいして敏感ではないし、また、とくにどのあたりで大きな注意をはらわなければならないか、といったこともわからないからである。
 おなじような具合に、哲学の訓練をうけたことのない人は、草むらのしたに難問が隠されているのに、その場をどんどん通りすぎてしまう。
 一方、哲学の訓練をうけた人なら、まだ姿は発見していないのだけれども、その場に立ちどまって、「ここには難問があるぞ」と感じとる。
──だが、そのようによく気がつく熟達者ですら、じっさいに発見するまでには、ずいぶん長時間、さがしまわらなければならない。とはいえ、それはおどろくにはあたらない。
 なにかがうまく隠されている場合、それを発見するのはむずかしいものなのである。(引用終わり)

 種明かしをしておきますと、拙著『愛と哲学の自分探し』は、『ソクラテスの弁明』に始まり、『反哲学的断章』に終わります。しかし、人生に隠された問題を明らかにするのは、ウィトゲンシュタインが言うように、容易ではないのです。

●読書メモ『利己的な遺伝子』(その1)

 天才生物学者リチャード・ドーキンスは、1976年に著した『利己的な遺伝子 』で、あらゆる生物は、遺伝子を残すためなら何でもするように設計された、盲目的なロボットだと論じています。その過激な主張は大論争を巻き起こし、世界の思想界を震撼させました。  実際にドーキンスは、次のような読者を不愉快にさせる文章を書いています。しかし、次の記事に引用するように、人間だけは遺伝子の独裁から自由だとも書いています。

●同書4頁より抜粋
「小説よりも奇なり」ということばは、私が真実について感じていることをまさに正確に表現している。われわれは生存機械──遺伝子という名の利己的な分子を保存するべく盲目的にプログラムされたロボット機械なのだ。この真実に私は今なおただ驚きつづけている(引用終わり)

●同書17頁より抜粋
 この本の主張するところは、われわれおよびその他のあらゆる動物が遺伝子によって創りだされた機械にほかならないというものである。成功したシカゴのギャングと同様に、われわれの遺伝子は競走の激しい世界を場合によっては何百万年も生きぬいてきた。このことは、われわれの遺伝子に何らかの特質があることをものがたっている。私がこれから述べるのは、成功した遺伝子に期待される特質のうちでもっとも重要なのは無情な利己主義である、ということである(引用終わり)

●同書109頁より抜粋
 個体を、自分の遺伝子全体にとって都合のよいことなら何でもみさかいなくおこなうようにプログラムされた、利己的な機械とみなすことにする(引用終わり)

●同書467-468頁より抜粋
 DNA分子は自己複製子である。自己複製子は一般に、これから述べるような理由によって、巨大な共同の生存機械、すなわちヴィークルのなかに寄り集まる。われわれがいちばんよく知っているヴィークルは、われわれ自身のような個体の体である。したがって体は自己複製子ではないう。それはヴィークルなのだ(引用終わり)

 ドーキンスは、「体」と「自己複製子」を区別していますが、「私」と「私の体」とは区別していないようです。 「体」はたしかに、物質でできているのですから、「生存機械」と呼びたければ、呼んでもよいでしょう。  しかし、「私」は「私の体」でもなければ物質でもありません。この「私」を大切にせよと主張したのがソクラテスです。
 拙著『愛と哲学の自分探し』で身もフタもない現実を書くのも、忘れがちな「私」に目を向けてもらいたいからです。

利己的な遺伝子 <増補新装版>
リチャード・ドーキンス 日高 敏隆 岸 由二 羽田 節子 垂水 雄二
紀伊國屋書店 (2006/05/01)
売り上げランキング: 2943

●読書メモ『利己的な遺伝子』(その2)

 現在、地球上には三千万種の生物がいますが、人間以外はみな、ただ遺伝子を拡散するために生きています。
 ずば抜けた頭脳を持った私たちは、この優秀な能力を何に使うべきなのでしょうか。

●同書99頁より抜粋
 脳は遺伝子の独裁にそむく力さえそなえている。たとえば、できるだけたくさん子供をつくることを拒むなどがそれだ。しかし、後に述べるように、この点では人間はひじょうに特殊なケースなのである(引用終わり)

●同書321頁より抜粋
 われわれは遺伝子機械として組立てられ、ミーム機械として教化されてきた。しかしわれわれには、これらの創造者にはむかう力がある。この地上で、唯一われわれだけが、利己的な自己複製子たちの専制支配に反逆できるのである(*原注:私たち、つまり私たちの脳は、遺伝子に対して反逆できるほどには十分に、遺伝子から分離独立した存在なのである。すでに記したように、避妊手段をこうずる際、私たちはいつもささやかな仕方でその反逆を実行している。もっと大規模に反逆してはいけない理由は、なにもないのである)(引用終わり)


 最後に、プラトンの言葉を紹介しておきます。
「一番大切なことは単に生きることそのことではなくて、善く生きることである」(『クリトン』74頁)

 

利己的な遺伝子 <増補新装版>
リチャード・ドーキンス 日高 敏隆 岸 由二 羽田 節子 垂水 雄二
紀伊國屋書店 (2006/05/01)
売り上げランキング: 2943

ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)
プラトン 久保 勉
岩波書店 (1964/01)
売り上げランキング: 6204

●読書メモ『悦ばしき知識』(その1)

●同書405頁より抜粋
 今こそ怖るべき仕方で例のショーペンハウエルの問い、「そもそも現存在なるものに意味があるか?」という問いが、われわれに迫ってくる。──これこそは、完全にその意味の奥底深くまで聴きとられるためだけでも、数世紀を要する問いなのだ(引用終わり)


 必ず死なねばならないのに、なぜ生きるのでしょうか。

 そんなことは問題にしない人もいるでしょうが、これがいかに深い問いであるかを理解するには、数百年かかるでしょう。

 人生に隠された問題を明らかにするのが、哲学の役目です。


ニーチェ全集〈8〉悦ばしき知識 (ちくま学芸文庫)
フリードリッヒ ニーチェ Friedrich Nietzsche 信太 正三
筑摩書房 (1993/07)
売り上げランキング: 183344

●読書メモ『パイドン』

パイドン―魂の不死について (岩波文庫)
プラトン Plato 岩田 靖夫
岩波書店 (1998/02)
売り上げランキング: 10237


 肉体から生ずる愛欲、欲望、恐怖は、あまりにも強力に私たちを突き動かします。私たちは「肉体の世話」に追われて、大事なことを考えることができずにいる、とプラトンは警告します。

●同書35-36頁より抜粋
 肉体は、それを養うことが避けられないために、無数のやっかいをわれわれに背負わせるのだ。さらに、もしもなにかの病がわれわれを襲えば、それはわれわれの真実在の探求を妨害するだろう。
 肉体は、また、愛欲、欲望、恐怖、あらゆる種類の妄想、数々のたわ言でわれわれを充たし、そのために、諺にも言われているように、われわれは肉体のために、何かを真実にまた本当に考えることがけっしてできないのである。
 じっさい、戦争や内乱や争いでさえ、他ならぬ肉体とその欲望が惹起するものではないか。というのは、すべての戦争は財貨の獲得のために起こるのだが、われわれが財貨を獲得せねばならないのは、肉体のため、奴隷となって肉体の世話をしなければならないからである。
 こうして、これらすべての理由によって、われわれは哲学をするゆとりを失うのである。(中略)われわれは肉体のために真実を見ることができなくなるのだ。(引用終わり)

 プラトンによれば、人間は肉体よりもっと大事な「魂の世話」をしなければならないのです。

●同書153頁より抜粋
 もしも魂が不死であるならば、われわれが生と呼んでいるこの時間のためばかりではなく、未来永劫のために、魂の世話をしなければならないのである。そして、もしもわれわれが魂をないがしろにするならば、その危険が恐るべきものであることに、いまや思いいたるであろう(引用終わり)

●読書メモ『シーシュポスの神話』

シーシュポスの神話 (新潮文庫)
カミュ Albert Camus 清水 徹
新潮社 (1969/07)
売り上げランキング: 94425

 必ず死なねばならないのに、なぜ生きねばならぬのか。なぜ苦しくても自殺してはいけないのか。人生に意味はあるのか。哲学にとって本当に大事な問題は、これ一つだとカミュは言います。

●同11頁より抜粋
 真に重大な哲学上の問題はひとつしかない。自殺ということだ。人生が生きるに値するか否かを判断する、これが哲学の根本問題に答えることなのである。
 それ以外のこと、つまりこの世界は三次元よりなるかとか、精神には九つの範疇があるのか十二の範疇があるのかなどというのは、それ以後の問題だ。そんなものは遊戯であり、まずこの根本問題に答えなければならぬ。(引用終わり)

 カミュは「世間の人びとのだれもが、まるで《死を知らぬ》ようにして生きていることには、いくら驚いても驚きたらぬだろう」と言います(27頁)。
 人間は死を忘れているから、恋も勉強も仕事も意味があると思い、「明日はこれをして、来月はこれをして、来年は……」と希望に満ちた生活ができるのです。
 しかし、ひとたび私の精神が死を明晰に見つめたならば、一切のよろこびがむなしさを深めます。「この世界はひび割れ、崩れ落ちる。きらめく無数の破片が認識へとふり注いでくる」のです(32頁)。

 そうなったならば、この破片を集めて平和な世界を取り戻すことは、全く不可能だとカミュはいいます。

 死という明白な事実を見つめ、なお幸せになる道はあるのでしょうか。これこそが哲学の希求するものでしょう。

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »