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●読書メモ『形而上学』

「どうして私は、こんな人間なのか」
「なぜ生まれてきたのか」
「なぜ世界は、こうなっているのか」
「なぜ宇宙は存在するのか」
 何でもない、当たり前すぎることが、ふと不思議に思われることがないでしょうか。
「なぜそうなっているのか」の驚きを感じたとき、哲学が始まります。
 どうして、今のような世界があるのか。それには原因があるはずです。では、なぜそのような原因があったのでしょうか。それにもまた原因があります。このようにとことん突き詰めて、こんな世界が出来た大本の原因は何か、それを初めて考えたのが、古代ギリシアのタレスです。タレスは、世界がこうなっている根本原因は「水だ」と言いました。ここから哲学が始まったと、アリストテレスは言います。

 タレスが「水だ」と言ったのは、この世のすべてのものは、水からできていて、水が変化したものなのだ、ということです。今日の私たちから見ますと、タレスの言ったことは、こんな世界が出来た原因ではなくて、世界を作り上げている原料です。
 仮に世界が水から造られていたとしても、なぜその水が、土や火や動物や植物になるのか、なぜ星が動き、風が吹き、波が起きるのかなど、説明しなければならないことは、たくさん残っています。ですから「水だ」では、答えになっていないと言ってしまえばそれまでです。それでもニーチェは、なぜ世界がこうなっているのかという、全世界の原理を探求したところに、タレスの偉大さがあったと言います。
 なぜそうなっているのか、原因が知りたい、理由を知りたい、原理を突き止めたい。そこから哲学が始まります。

 でも、そんなことを考えて、何になるのか。アリストテレスなら、こう答えるでしょう。

「人間は知ることを欲する動物である」──アリストテレス『形而上学

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●読書メモ『哲学の原理』

 哲学(フィロソフィー)とは、「知ること(ソフィア)を愛する(フィロ)こと」です。「本当に確かなこと」は何か、「これだけは間違いない」と言える真実を、どこまでも追求するのが、哲学です。そのような真理探究が、何の役に立つのでしょうか。しばらく、デカルトの考えを紹介したいと思います。
 デカルトは、哲学は心の栄養だと言います。理性を持たない動物は、生きることさえできれば満足ですから、体の栄養になるものだけを探します。しかし人間は、体も大事ですが、もっと大事なのは心です。だからデカルトは、私たちは「知恵」という心の栄養を求めることに、一番関心を持たなければならないと言います。

●人間は真実を求めている

 真理探究などと聞きますと、「おいしい物を食べて、素敵な洋服を着て、楽しい旅をして、良い車に乗る。それ以外に、何がいるのか。真理なんか必要ない」という人もあるかもしれません。しかしそんな人も、時にはそれらから離れて、もっと大きな善(幸福)を望むものなのだ、とデカルトは言います。たとえ、その「もっと大きな善」が何であるかは分からないとしても、人間は目の前にある物だけで満足することはできないのです。
 それどころか、健康や名誉や富を十分すぎるほど持っている人ほど、現に持っている幸福とは別の、もっと高い幸福を「きわめて熱烈に渇望するものだ」とデカルトは言います。その「もっと高い幸福」こそ、「真理を知ること」であり「知恵」なのです。


 確かに、好きな人と食事をしたり、温泉旅行に行くことの方が、真実を探すことよりも、私たちの心を大きく揺さぶります。しかしデカルトは、肉体を喜ばせる満足よりも、真実を知る満足は、常に、より長く続くものであり、より堅固なものだと言います。

真理はしばしば、虚偽や仮構ほどにはわれわれの心をゆすぶらない──真理はそれほど驚くべきものとは見えず、むしろ単純なものと見えますから──にしても、真理の与える満足はつねにより持続的であり、より堅固であるからです。(デカルト『哲学の原理』)

なぜ今、古代インドか

 私たちの運命は、何によって決まるのか。古来、さまざまな思想が登場しましたが、2500年前のインドに目を向けたいと思います。東西の知恵が結集された、貴重な舞台だからです。
 インド北部のインダス川流域には、すでに5000年以上前からインダス文明が栄え、整然とした都市が築かれていました。しかし紀元前13世紀末に、鉄器文化のアーリヤ民族が侵入し、占拠されます。
 アーリヤ人の中でも、司祭者と王族は特権階級となった一方、征服された先住民は奴隷とされました。さらに各人の職業は世襲となって階級の区別が深まり、四姓制度が確立します。司祭者(バラモン)が最も尊く、王族(クシャトリア)がこれに次ぎ、庶民(バイシャ)の下の奴隷(スードラ)は、最も卑しい身分とされました。
 バラモンは、自分たちを頂点とするバラモン教を作り上げ、祭祀・教学を独占して社会の指導者となり、「人間の神」として崇められていました。
 ところが、前6世紀から5世紀にかけて、アーリヤ人がガンジス川上流から東方に移住するとともに、社会と文化に大きな変動が起きます。アーリヤ人と先住民族の混血が盛んに行われた結果、新しい民族が登場しましたが、彼らはアーリヤ人の文化を重視しませんでした。
 多くの小都市が大国(当時有力だったのはコーサラ、マガダ、アヴァンティ、ヴァンサの四つ)に併合されるにつれ、王族の権力が増大します。さらに、経済の発展によって、階級より金が物をいうようになり、バラモンはかつての威信を失いました。
 もはや人々にはバラモン教は迷信としか映らず、旧来の宗教に異論を唱える思想家が続出します。当時のインドは、例外的なほど自由が保障されていて、諸国王が開いた哲人の討論会では、いかなる意見を述べても処罰されることはありませんでした。マックス・ウェーバーは、「およそ人類の歴史を通じてこの時代のインドほどに思想の自由が完全に容認されていたところは、最近代のヨーロッパを除いてはほかに存在しなかった」と評しています。
 伝統的なバラモン文化を退けた自由思想家が多数現れ、道徳否定論者をはじめ唯物論者、快楽主義者、懐疑論者、苦行論者など、まさに百家争鳴でした。しかし彼らのほとんどは、自分の思想を体系化して残すことはしなかったので、その内容は、仏典など他の資料によって知るしかありません。仏典ではそれらを62に分類して「六十二見」と呼び、さらに有力な指導者6人にしぼって「六師」といいます。
 当時の貴重な自由討論に、スポットを当てたいと思います。
 運命についての考え方は、現代も古代インドも変わらないことが分かるでしょう。

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インド哲学の効用

 二千五百年前のインド思想と聞くと、そんな昔の哲学を今さら知る必要があるのか、と感じるかも知れません。ですが、哲学の歴史を学ぶことには、大きな利点があります。西洋の哲学者は、二千年にわたって種々の問題を論じ、各人各様の解答を出してきました。そこには、常識と真っ向から反する説も珍しくありません。だからデカルトは、どんな奇妙な主張も、すでに過去の哲学者が唱えていると言います。
 裏を返せば、人間の頭で考えつくことは、すでに哲学書に出尽くしているといっても過言ではありません。今後、どんな新しい思想が生まれようと、過去の思想と同類のものか、その組み合わせを超えたものではないでしょう。哲学史を学べば、これから登場するであろう考えも、だいたい予想がつくのです。
 人間の運命についての思索も、二千年前に出そろっている感があります。実はこの時代は、人類史に重大な意味を持っています。インドでも中国でもヨーロッパでも、人類の礎となる哲学者や思想家が続けて登場したのです。ギリシャにはソクラテス、プラトン、アリストテレスが、中国には孔子、孟子、老子が、そしてインドには釈迦が、驚くほど同時期に現れています。ヤスパースは、この紀元前五世紀前後の数世紀を、「軸の時代」と名づけました。
 インドに注目する理由は、まだあります。さすが「ゼロ」を発見した国だけあって、インドの人は暗算で二桁のかけ算もできますし、その独特な計算法はブームにもなっています。しかしインド人が得意なのは、数学やコンピューターだけではありません。「インド人は論理的、中国人は修辞的、日本人は情緒的」といわれるように、インド人は論理的です。
 世界史上、論理学を築いたのはギリシアとインドだけですし、哲学が生まれた地も、この二つだけです。インド人には、ヨーロッパ人と同じアーリヤ民族の血が流れているせいか、思想面でも類似点があり、同じような問題が論じられています。
 だからインドの思想史を学べば、論理的な頭の持ち主が考えつく意見を先取りすることができるのです。
 これから、インドに登場した「六師」の思想を見てみましょう。

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