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なぜ自由になれないのか

 すべての人が自由を求めています。しかし現実は、自分の思いどおりになることはわずかで、不自由を我慢しながら生きなければなりません。

 自由を願いながら、なぜ自由に生きられないのか。「学校が悪い、先生が悪い」「会社のせいだ」「こんな社会だからだ」「収入が十分でないから」「能力が足りないから」など、さまざまな理由が挙げられるかもしれませんが、それらは根本的な原因ではありません。

 自由になれない原因はただ一つ、「自由」という言葉の意味を知らないからです。本当の自由とは何かを知りさえすれば、自由な人生が開けます。
 しかし「自由」を誤解して、自由ならざるものを求めていては、自由にたどり着くことはできないでしょう。

 これから「自由」の本当の意味を、分析したいと思います。

自由の定義

 真の「自由」とは何か、あえて結論から言いましょう。

「自由」とは、「限られた選択肢の中から、自分でよく考えて決断すること」です。

 ここで一番大事なのは、「自分でよく考えて」という部分です。「自由」とは「自らに由る」ということですから、他人に命令されたり、他人の真似をしていたのでは「自由」とは言えません。
 しかし、この定義の前半の「限られた選択肢の中から」という部分も、おそらく納得しがたいところだと思いますので、ここから論じたいと思います。

 私たちの持っているお金は限られていますし、能力にも限界がありますから、何をするときでも、おのずと選択肢は限られます。
 例えば「ゴールデンウィークは旅行をしよう」と思ったとします。経済的に余裕があれば、ヨーロッパ一周や豪華客船に乗ることもできますが、そんな人はごく一部でしょう。自分の懐と相談して、温泉一泊くらいにするか、近くの公園で妥協するか、決めなければなりません。お金があれば、それだけ選択肢も増えますが、どんな富豪でも、火星旅行はできませんし、死ぬまで自家用ジェットで豪遊することもできないでしょう。
 入りたい大学や会社があっても、要求される能力がなければ入れませんし、生涯を懸けたい仕事が見つかっても、誰でも好きな仕事をさせてもらえるほど社会は甘くありません。
 買い物をするときも、何をするときも、私たちの選択肢は限られています。だから「不自由だ」と感じるのでしょう。

 その不満に耐えられず、もっと好きなところに旅行がしたいという人は、収入を増やす努力をしますし、今は無理でも、どうしても入りたい大学のある受験生は、必死に勉強をします。たしかに収入や能力が増せば、選択肢も増します。
 しかし「選択肢」が増えることと、「自由」が増えることとは、全く違います。この認識が、真の「自由」を知る第一歩です。

経済的自由と真の自由は違う

 経済力や才能、地位があれば、選択肢が増えるのは当然でしょう。それらを「権力」という言葉でまとめるならば、権力を握った人ほど、他の人にはできないことが可能になります。
 多くの人は、「選択肢が多い」ことを「自由」だと思っているので、なんとか選択肢を増やそうと、広い意味での「権力」を求めます。しかし、「権力」は皆が欲しいのですから、自分がより多くの力を欲しがれば、当然、競争に勝たなければなりません。
 すべての人が「選択肢を増やしたい」と思っていますが、だからこそ、自分の選択肢を増やすには、ライバルとの競争に勝たなければならないのです。

 しかし、「選択肢が限られていること」が「不自由」ならば、完全な自由とは「選択肢が限られていないこと」「何でも好きなことができること」になってしまいます。そんなことができるのは、無限の力をもった人だけで、そんな全能の存在は、もはや人間ではないでしょう。
「選択肢が限られている」のは、人間である限り、仕方のないことです。「選択肢を無限に広げること」など、私たちに望むべくもありません。
 もし誰か一人が無限の選択肢を手に入れて「神」になったならば、この世は「地獄」になるでしょう。
 そんな魔神になることと、「完全な自由」「真の自由」とは全く異なります。

「自由」と「権力」を混同している

「何でも好きなことがしたい」「欲しいものは全て手に入れたい」というのが私たちの理想ですが、人間を超えて全能の存在にならない限り、それはできません。
 それでも、今より少しでもよいから「選択肢を増やしたい」という不満はなくならないでしょう。選択肢を増やしたければ、権力を手に入れればよいのですが、周り中の人が、自分と同じように力を欲しているのですから、激しい競争を覚悟しなければなりません。
 苦労は承知で権力を求めるなら、それはその人の人生です。不正を犯さない限り、権力を求めること自体は、正解でも間違いでもないでしょう。
 しかし「権力」と「自由」とは、全く異なります。「自由」とは、「より強大な力」ではないのです。「権力」があればあるほど、好きなことができるのですから、たしかに「権力」は魅力的です。まただからこそ、多くの人が権力にあこがれるのでしょう。しかし、どれだけの力を得ても、財力や能力には限界があるのですから、選択肢は限られます。

 だから、どんな身になろうと、「選択肢が限られていること」は避けられないのです。「自由」とは、「選択肢を無限にする」ことではありません。
「選択肢が限られている中で、自ら決断すること」こそが、真の自由なのです。
 それなのに、「選択肢が限られていること」にばかり不足を言って、「自由」ではなく「権力」を求めているから、完全な自由になれないのです。
 ほとんどの人が求めているのは、「自由」ではなく「権力」なのではないでしょうか。

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