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【第6章⑥】因果の道理の結論

 因果の道理を知った人は必ず、「悪をやめ善をしよう」という心になります。
 誰しも不幸や災難は来て欲しくないですから、他人が見ていようと見ていまいと、悪を慎もうと努力します。

「もしも汝が苦しみを嫌うならば、あらわにも、あるいは秘密にでも、悪い行いをなすな。」(『ウダーナヴァルガ』)

 この道理を知った人は、「見つかりさえしなければ、悪いことをしても平気だ」とは考えません。他人が見ていようと見ていまいと、悪を犯したならば必ず報いがあるからです。

「悪いことをしたときには気をゆるすな。その悪いことが、ずっと昔にしたことだとか、遠いところでしたことであっても、気をゆるすな。秘密のうちにしたことであっても、気をゆるすな。それの報いがあるのだから、気をゆるすな。」(同上)

 また逆に、「他人が見ていなければ、善いことをしても意味がない」とも思いません。たとえ誰も見ていなくて、褒めたり感謝したりしてくれる人がなかったとしても、遅いか早いかの違いで、必ず幸福になれます。だから目先のことに一喜一憂せず、努力せずにおれなくなるのです。

「この世で善いことをしたならば、安心しておれ。その善いことが、ずっと昔にしたことだとか、遠いところでしたことであっても、安心するがよい。人に知られずにしたことであっても、安心しておれ。それの果報があるのだから、安心しておれ。」(同上)

 因果の道理を知らされた人は、陰ひなた無く、悪を慎み善に励もうと、真面目に努力します。だからブッダの教説をひと言でいえば、「廃悪修善」(悪をやめ、善を修めよ)ということになります。それを説かれた次の句は、「七仏通戒偈」と呼ばれる有名な詩です。

「すべて悪しきことをなさず、善いことを行い、自己の心を浄めること、──これが諸の仏の教えである。」(『ダンマパダ』)

 この厳粛な因果律に従うか、無視するかで、生き方は百八十度変わります。どれほど対照的な人生観になるか、プラトンが鮮やかに描いていますので、聞いてみましょう。

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