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【第7章④】「優れた人」とは誰か

 カリクレスは、強者が弱者の物を力で奪い取るのは当然であり、優者が劣者を支配し、立派な者が下らぬ者より多く持つことこそが、自然の法則にかなった正しいことだと主張します。しかし、そもそもカリクレスがいう「強い者」「優れた者」「立派な者」とは、どんな人なのでしょうか。この根本的な問いにテーマが移ると、あれほど雄弁だったカリクレスも、言葉を濁すようになります。
 カリクレスに言われるまでもなく、老若男女すべての人は、優れた立派な人間を目指して努力すべきでしょう。では、どんな人生が「優れた」「善い」人生なのか。これはソクラテスが生涯、問い続けたテーマでした。しかしカリクレスは、ただ優秀な強い人間になれと説くだけで、それには弁論が役立つという以上のことは教えていません。
 どんな人が「優れた人」か。カリクレスは、「優れた者」とは、「強い者」と同じ意味だと言います。しかし、どんなに強い人も、百人、千人の群衆には勝てません。一人のエリートより、平凡な大衆のほうが強いのですから、この理屈では大衆こそ「優れた者」になってしまいます。だからカリクレスがいう「強い者」とは、腕力や体力のことではないのです。では、何が強ければよいのでしょうか。再度、「優れた者」の意味をソクラテスが尋ねると、今度は「立派な人」と答えています。表現が変わっただけで、「優れた者」の中身は依然として分かりません。
 カリクレスに限らず、ソクラテスと対話をした人は、いつもこのパターンで追い込まれます。ソクラテスはアテナの知恵者をつかまえては、「正義とは何か」「徳とは」「勇気とは」と問いかけました。すると、始めは大自信で答えていた自称「知者」が、だんだん言葉に詰まって、ついには沈黙してしまいます。人間に最も大事な「正義」も知らなければ「徳」も知らない、無知な人間であることが暴露されてしまうのです。ソクラテスは階級、職種を選ばず問答をふっかけ、公衆の前で相手の無知を証明したので、市民の反発と恨みを買い、ついには死刑という結果に終わりました。
 自分は何も「知らない」と気付いてこそ、「知りたい」という気持ちが起きて、「知る」ことができます。真理を知って賢者になるには、まず「知らない」現状を正しく認識しなければなりません。だからソクラテスは、非難を覚悟の上で、相手の無知を悟らせる活動に生涯を捧げたのです。

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