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携帯電話の誕生から40年

 1973年4月3日、アメリカのモトローラ社の技術者マーティン・クーパーが、史上初の携帯電話での通話に成功しました。携帯電話といっても、重さは1キロ、バッテリーは20分しか持ちませんでした。
 それから10年間は、携帯電話の利用には、重さ9キロ以上のバッテリーパックを持ち歩かなければなりませんでした。1983年に入ると、世界で初めて、一般消費者向けの携帯電話が発売されましたが、重さは800グラム、連続通話時間は30分でした。
 それから30年、いまや携帯電話は、パソコン並の性能を持つようになっています。「ギークベンチ」という、パソコンの速さを測る最も一般的な方法で調べると、現在、最速のスマートホンは、4年前のラップトップパソコンの上位機種並の処理速度です。
 科学の進歩はめざましく、世の中、便利になりましたが、「ああ、幸せだ」という実感がわかないのは、なぜでしょうか。どうすれば、人間に生まれて良かった!と、心から喜べるのか。その答えを教えられた方が、親鸞聖人なのです。

遺伝子診断は未来を明るくするか

 人間の遺伝子の解読は、かつては国家プロジェクトでしたが、今は大学や民間の研究室で簡単にできるようになりました。遺伝子の中で、病気に関係する部位の検査なら、個人で簡単に受けられます。
 遺伝子の解明により、今では数千種類の病気について、かかる危険性を見知できるようになりました。自分が病気になる可能性を知ることは、良いことなのでしょうか。自分は癌にかかりやすいとわかったら、気をつけて生活や環境を改善するようになるかもしれません。反対に、「若年性アルツハイマー」になる可能性があると診断されて、うつ病になってしまった人もいます。
 いつ、どんな病気になるかわからなければ、安心できません。癌になったら、どうするか。アルツハイマーになったら、どうするか。そういうことは気にかかりますが、たとえ癌にならなくても、人間は最後、死んでいかなければなりません。遺伝子の検査で、癌にかかる可能性が高いと言われても、遺伝子で全てが決まるのではありませんから、癌にかからない人もいます。しかし、死は百パーセント、確実な未来です。この確実な未来から目をそらし、かかるかどうかわからない病気のリスクを心配しているのは、人類の大きな矛盾ではないでしょうか。

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