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無常の前では同じ歳

「肉体」だけ見れば、若い人もいれば、老いた人もいます。

しかし「私の肉体」は、「私の持ち物」の一つ出あって、「私」そのものではありません。本当の「私」は、長い長い歴史を持つ、永遠の生命だと仏教では教えられています。
そういえば赤ん坊も、生まれた時から乳を吸う時に、もう一方の手で母親の胸を押さえています。「これは、他の者にはやらんぞ!」ということなのでしょう。そして、乳が十分に吸えないと腹を立て、お母さんの胸を叩いています。欲や怒り、愚痴の、基本的煩悩は、赤ん坊もちゃんとあるようです。
赤ん坊と言っても、心の奥底に隠れている「本心」は古いものであり、悠久の歴史を持つ「本当の私」から見れば、全ての人は同じ歳なのかもしれません。

明るい未来が欲しい

テレビでもラジオでも、「日本の未来は、どうなるか」を真剣に論じています。日本の未来はどうなるか、世界の未来はどうなるか、そういうことも知りたいですが、もっと大事なのは、「私の未来」ではないでしょうか。
 私の百パーセントの未来は、死です。死んだ後は、どうなるのか? 無いのか、有るとすれば明るい世界か、暗い世界か? 来世は、全ての人の百パーセントの未来です。
 日本の未来はどうなるか、世界の未来はどうなるか、ということについては、「百パーセントこうなる」と言える人はいません。しかし、私たちの未来は百パーセント、死です。
 明るい未来の欲しくない人は、いないでしょう。皆、求めているのは明るい未来です。後生は明るいか、暗いか。これこそ、全ての人が第一に、論じなければならない問題でしょう。

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