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『哲学入門』哲学は「疑い」から始まる

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 ヤスパースが、人間が哲学を始める動機の二番目にあげているのは、「疑い」です。

我思う、ゆえに我在り、というデカルトの有名な命題は、彼にとって、他のいっさいのものが疑われる場合でも、なお疑うことのできない確実な命題であったのであります。と申しますのは、おそらく私に見破れないような私の認識の完全な誤りでさえも、私の思惟が誤りに陥る場合でもなお私は存在するという事実について、私を欺瞞することはできないからであります。  懐疑は方法的懐疑として、あらゆる認識の批判的吟味の源泉となるのであります。すなわち徹底的な懐疑がなければ、真の哲学することもありえないのです。 (上掲訳書24頁)



『哲学入門』限界状況から始まる哲学

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 ヤスパースが、人間が哲学を始める動機の最後にあげているのは、「限界状況」です。

私は死なねばならないとか、私は悩まねばならないとか、私は戦わねばならないとか、私は偶然の手に委ねられているとか、私は不可避的に罪に巻き込まれているなどというように、たとえ状況の一時的な現象が変化したり、状況の圧力が表面に現れなかったりすることがあっても、その本質においては変化しないところの状況というものが存在します。私たちはこのような私たちの現存在の状況を限界状況と呼んでいるのであります。すなわちそれは私たちが越え出ることもできないし、変化さすこともできない状況が存在するということであって、これらの限界状況はかの驚きや懐疑についで、哲学のいっそう深い根源なのであります。私たちはあたかもこれら限界状況が存在しないかのように、目を閉じて生活することによって、これら限界状況から逃避して、単なる現存在の状態において生きるという場合がしばしばあるのです。私たちは、自分が死なねばならないということを忘れる。自分が罪を負っていること、偶然の手に委ねられているということを忘れる。 (上掲訳書26頁)

 自分が死なねばならないことを忘れたり、己の罪深きこと、この世は、いつどうなるか分からないことを忘れているあいだは、哲学は始まらないとヤスパースは言います。

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