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パンセ●人間は死刑囚

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 生ある者は必ず死に帰すといわれるように、全ての人は、生まれたからには死んでいかなければなりません。

 だからパスカルは、全ての人は死刑囚のようなものだと、例えています。

 いくらかの人々が鎖につながれて、みな死刑の宣告をうけており、そのうちの幾人かが毎日ほかの人々の目の前で絞め殺され、のこったものは、自分の運命も仲間のそれとおなじであると観念して、悲しげに望みもなくたがいに顔を見あわせながら、自分の番がくるのを待っていると想像せよ。これが人間の状態の写し絵である。(上掲訳書93頁)

パンセ●永遠を無のように思う人間

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 パスカルがいうように、全ての人は死刑囚だとすれば、第一に考えなければならないのは、「死刑」という大問題でしょう。自分に死刑が迫っているのに、カルタ遊びに耽る人がいるでしょうか。

 しかし人間は、「死んだらどうなるか」という大問題は考えず、現世のことばかり、考えています。

 来世は永遠に続くかもしれないのに、「無」のように思い、この世70年、80年の命は、アッという間に終わってしまう、「無」に近いものなのに、永遠に続くかのように思って、十年後、二十年後のことまで考えています。

 これは「奇怪な転倒」だとパスカルはいいます。

 われわれの想像力は、現在をたえず考えることによって、それをすばらしく大きくし、永遠を少しも思わないことによって、それを非常に小さくする。その結果、われわれは永遠を無のように思い、無を永遠のように思う。これらのことはすべてわれわれのうちにいきいきと根をおろしているので、われわれのすべての理性もそれをおさえることはできない(中略)小さいことにたいする人間の敏感と大きなことにたいする無感覚とは、奇怪な転倒のしるしである(上掲訳書93頁)

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