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西田幾多郎『思索と体験』(2)

思索と体験 (岩波文庫)

 西田幾多郎が、わが子の死から知らされたことは、「死の問題を解決するというのが人生の一大事」ということでした。
 とにかく余は今度我子の果敢なき死と言うことによりて、多大の教訓を得た。(中略)特に深く我心を動かしたのは、今まで愛らしく話したり、歌ったり、遊んだりしていた者が、忽ち消えて骨壺の白骨となるというのは、如何なる訳であろうか。もし人生はこれまでのものであるというならば、人生ほどつまらぬものはない、此処には深き意味がなくてはならぬ、人間の霊的生命はかくも無意義のものではない。死の問題を解決するというのが人生の一大事である、死の事実の前には生は泡沫の如くである、死の問題を解決し得て、始めて真に生の意義を悟ることができる。
(上掲『思索と体験』231-232頁)

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