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森鴎外の煩悶『青年』

青年
青年
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(2012-09-13)

森鴎外は、「本当の人生」とは何か、本当の意味で「生きる」とは何かを探し求めましたが、その答えはわかりませんでした。しかしそれは、森鴎外だけではなく、周囲の人も同じだと、『青年』で次のように語っています。

 一体日本人は生きるということを知っているだろうか。小学校の門を潜〔くぐ〕ってからというものは、一しょう懸命にこの学校時代を駈け抜けようとする。その先きには生活があると思うのである。学校というものを離れて職業にあり附くと、その職業を為〔な〕し遂げてしまおうとする。その先きには生活があると思うのである。そしてその先には生活はないのである。
 現在は過去と未来との間に劃〔かく〕した一線である。この線の上に生活がなくては、生活はどこにもないのである。
 そこで己は何をしている。(『青年』)

 私たちは生きて何をしているのか? 何をすべきなのか?
 本当の人生の目的、生きる意味を探し続けたものの、ついに見つからなかった鴎外は『妄想』の中で、「自分は此儘で人生の下り坂を下つて行く。そしてその下り果てた所が死だといふことを知つて居る」と語っています。

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