●読書メモ一覧

■哲学

『ソクラテスの弁明』プラトン
『反哲学的断章―文化と価値』ウィトゲンシュタイン
悦ばしき知識』(その1)ニーチェ
悦ばしき知識』(その2)ニーチェ
パイドン』プラトン
シーシュポスの神話』(その1)カミュ
シーシュポスの神話』(その2)カミュ
存在と時間』ハイデガー
実存主義とは何か』(その1)サルトル
実存主義とは何か』(その2)サルトル
自殺について』ショーペンハウエル
物の本質について』(その1)ルクレチウス
物の本質について』(その2)ルクレチウス
人間』カッシーラー
哲学入門』(その1)ラッセル
哲学入門』(その2)ラッセル
哲学入門』(その3)ラッセル
形而上学』アリストテレス
哲学の原理』デカルト

■科学

 

『利己的な遺伝子』(その1)R・ドーキンス
『利己的な遺伝子』(その2)R・ドーキンス

■文学

カラマーゾフの兄弟』ドストエフスキー
若きウェルテルの悩み』ゲーテ

『ニコマコス倫理学』アリストテレス

 万学の祖アリストテレスは、『ニコマコス倫理学』で、「幸福」について正面から論じました。幸福学の元祖ともいわれます。

『ニコマコス倫理学』でアリストテレスは、人生究極の目的は「幸福」だと断言しました。

 働いてお金を獲るのは、幸せになるためです。地位や名誉を求めるのも、幸福を獲るためでしょう。しかし、幸福になるために、何かをすることはありません。だから、幸福こそ、あらゆる行動の究極の目的なのです。
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●同上30-32頁より引用
 われわれが幸福を望むのは常に幸福それ自身のゆえにであって決してそれ以外のもののゆえではなく、しかるに、名誉とか、快楽とか、知(ヌース)その他いろいろのアレテー(卓越性・徳)をわれわれが選ぶのは、これらのもの自身のゆえでもあるが、(そのいずれの場合にあってもわれわれは何ものがそれから結果するのでなくともそれを選ぶだろうから、)しかしまた、幸福のために、すなわち、それによって幸福でありうるだろうと考えて選ぶこともあるのだからである。だが幸福をこれらのもののために選ぶひとはいないのであり、総じて、幸福をそれ以外のことがらのために選ぶひとはない。(中略)幸福こそは究極的・自足的な或るものであり、われわれの行うところのあらゆることがらの目的で或ると見られる。(引用ここまで)

『生の短さについて』セネカ

 アリストテレスが、人生究極の目的は「幸福」だと断言して以来、哲学者は真の幸福を求めてきました。しかし、いまだに決定的な答えはでていません。現代人はなお、幸福については五里霧中です。

 二千年前のセネカの手紙は、まるで今日に書かれたもののように思えます。幸福についての知識は、二千年間、進歩していないのかもしれません。
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●同上121頁より引用

 仕合わせに生活したいのは誰もみな望むところである。しかし人生を幸せにするのが果して何であるかを見定めんとすることには、誰もみな五里霧中の状態である。それだけに、幸福な人生に到達することは容易な業でないどころか、誰でも一歩道を誤れば、幸福な人生を求めて急げば急ぐほど、逆にそこから遠ざかってしまうばかりである。いわんや道が反対の方向に進みでもすれば、急ぐことすらその間の距離をいよいよ大きくすることの原因になる。
 それゆえ、まず根東におくべきことは、一体われわれの努力すべき目標は何か、ということである。(引用終わり)

『反哲学的断章』人生に問題を感じるとき

反哲学的断章―文化と価値
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「生きている」ということは、昨日から今日、今日から明日、明後日へと進んでいくということです。去年から今年、来年へと進んでいるということです。この間、年が明けたと思ったら、もうすぐ十一月です。どんな人も、死ななければなりません。
「生きる」ということは、「死に向かって進んでいる」ということです。嫌なことですが、これが現実です。
 やがて死ぬのに、なぜ生きなければならないのか。真面目に人生を考えた人ならば、誰もがぶつかる問題です。
 そんなことは少しも問題にならない人もあるでしょう。しかしウィトゲンシュタインは、『反哲学的断章』の中で、「人生に問題を感じない人は、なにか大切なこと、いや、もっとも大切なことが、みえないのではないか」と言っています(上記 訳書76頁)。
 自己をまっすぐ見ることが、真に哲学することでしょう。
「哲学の仕事は──建築の仕事のように多層なものだが──ほんらいは、むしろ人間そのものについての仕事である。人間の自己理解。」(同上 49頁)

『ラッセル幸福論』最も不幸なのはねたみ

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 自分より幸せな人を見ると、吐き気がする「ねたみ」の心は、どんな人にもあるでしょう。しかし、この心こそ、人間を最も不幸にするとラッセルは警告します。「ねたみ」で身を滅ぼさないように、気をつけたいものです。

「総じて、普通の人間性の特徴の中で、ねたみが最も不幸なものである。ねたみ深い人は、他人に災いを与えたいと思い、罰を受けずにそうできるときには必ずそうするだけでなく、ねたみによって、われとわが身をも不幸にしている。自分の持っているものから喜びを引き出すかわりに、他人が持っているものから苦しみを引き出している。」(上記 訳書93頁)

『パイドン』「私」と「肉体」は違う

パイドン―魂の不死について (岩波文庫)
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 死刑判決を受けたソクラテスが、死の直前に、そこに居合わせた人と交わした対話を描いたのが、プラトンの『パイドン』です。
『パイドン』でソクラテスは、「肉体」より「私」(=魂)を大切にすべきことを説きます。
 その対話の最後に、登場人物の一人クリトンが「どんな風に君を埋葬しようか」といったとき、ソクラテスは、こう語りました。
「諸君、僕はクリトンを説得できていないらしい。僕とは、今ここで対話をしながら、議論のひとつひとつを秩序づけて配置している、このソクラテスでる、ということをね。むしろ、かれは、少し後で死体として眺められる者が僕なのだ、と思っている。(中略)言葉を正しく使わないということはそれ自体として誤謬であるばかりではなくて、魂になにか害悪を及ぼすのだ。さあ、元気を出すのだ。そして、僕の体を埋葬するのだ、と言いたまえ。そして、君の好きなように、君がもっとも世間の習わしに合うと考えるように、埋葬してくれたまえ」(上掲訳書170-171頁)
「私」と「体」は、正確に区別しなければならないというソクラテスの主張が、よく表れています。

『パイドン』魂の気遣いこそ大切

パイドン―魂の不死について (岩波文庫)
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「私」と「身体」が違うのであれば、「身体」が死んだからといって、「私」も死ぬとは限りません。もし「私」は「身体」が死んだあとも続くのであれば、その「私」の運命こそ、最も心配しなければならないことです。
『パイドン』でソクラテスは、この肉体のことだけでなく、未来まで続く魂のことを心配し、大切にしなければならないと訴えています。
もしも魂が不死であるならば、われわれが生と呼んでいるこの時間のためばかりではなく、未来永劫のために、魂の世話をしなければならないのである。そして、もしもわれわれが魂をないがしろにするならば、その危険が恐るべきものであることに、いまや思いいたるであろう。なぜなら、もしも死がすべてのものからの解放であったならば、悪人たちにとっては、死ねば肉体から解放されると同時に、魂もろともに自分自身の悪からも解放されるのだから、それは幸運な儲けものであっただろう。しかし、いまや、魂が不死であることが明らかな以上、魂にとっては、できるだけ善くまた賢くなる以外には、悪からの他のいかなる逃亡の道も、また、自分自身の救済もありえないだろう。(上掲訳書153頁)

『哲学入門』哲学は何の役に立つか

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 哲学は何の役に立つのか。ヤスパースは、「この役に立つ」と、哲学を弁護することは不可能だと言っています。

 最古のギリシアの哲学者といわれているタレースは、あるとき天体を観測しながら井戸の中へ落ちたことがあった。ところがこれを見た女中が、あんたはいちばん近くのことにもこんなに不器用なくせに、なぜいちばん遠いものを捜しているんですかといって、タレースを笑ったことがあります。
 そこで哲学は弁護されねばならないわけでありますが、それは不可能なことであります。哲学はある他のものから弁護されるわけにいかない。と申しますのは、哲学はある他のものにこのような弁護をしてもらうほど、何の役にも立っていないからです。(中略)哲学が知りうることは、哲学はこの世におけるあらゆる利害得失の問題から解放された、目的をもたないところの、人間そのものにかかわる事柄を営むものであるということ、そしてそれは人間が生きるかぎり実現されるであろうということであります。(上掲訳書19-20頁)

『哲学入門』哲学は「驚き」から始まる

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 ヤスパースは、人間が哲学を始める動機を三つ、上げています。最初に上げているのが、「驚き」です。

 第一──プラトーンは哲学の根源は驚きであると申しました。私たちの目は私たちをして『星や太陽や大空の光景に参与させた』。そしてこの光景は私たちに『万有を研究する機縁を与えた。それから哲学が生まれてきた。それは神々からはかない人間に貸し与えられた最大の財産となった』。(中略)脅威の念をいだくことにおいて私は無知を意識する。私は知を求める。しかしそれは知そのもののために知を求めるのであって《何らかの日常的な必要のため》にではないのであります。(上掲訳書23頁)



『哲学入門』哲学は「疑い」から始まる

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 ヤスパースが、人間が哲学を始める動機の二番目にあげているのは、「疑い」です。

我思う、ゆえに我在り、というデカルトの有名な命題は、彼にとって、他のいっさいのものが疑われる場合でも、なお疑うことのできない確実な命題であったのであります。と申しますのは、おそらく私に見破れないような私の認識の完全な誤りでさえも、私の思惟が誤りに陥る場合でもなお私は存在するという事実について、私を欺瞞することはできないからであります。  懐疑は方法的懐疑として、あらゆる認識の批判的吟味の源泉となるのであります。すなわち徹底的な懐疑がなければ、真の哲学することもありえないのです。 (上掲訳書24頁)



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