『アリスのままで』(2)

アリスのままで
アリスのままで
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リサ ジェノヴァ
キノブックス
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 リサ ジェノヴァの小説『アリスのままで』から、ヒロインのアリスの講演を、続けて引用します。

 わたしたちを役立たずだと決めつけないでください。わたしたちの目を見て、直接話しかけてください。わたしたちが間違ったことをしてもパニックになったり個人的な問題だと判断したりしないでください。なぜならわたしたちは間違ってしまうのですから。わたしたちは同じことを何度も言い、おかしなところに物を置き、迷子になります。あなた方の名前を忘れ、自分の言ったことを二分後に忘れます。でも必死になってその償いをし、認知の喪失を乗り越えようとします。
 わたしたちを制約するのではなく、力づけてもらいたいのです。脊髄を損傷したり、手足を失ったり、あるいは脳梗塞で体が動かなくなったりした人がいたら、家族や専門医は、その人のリハビリに全力を尽くし、その後の人生をよりよくする道を探そうとするでしょう。わたしたちにもそのようにしてください。記憶や言語や認知力の喪失を軽減するツールを開発してください。支援グループへの参加を勧めてください。(上掲訳書314頁)

 たとえ今は若くても、老いは、誰も逃れることはできません。すべての人が、考えなければならない問題を、この作品は突きつけています。

『アリスのままで』(1)

アリスのままで
アリスのままで
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リサ ジェノヴァ
キノブックス
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 リサ ジェノヴァの小説『アリスのままで』は全米でベストセラーとなり、映画化もされました。

 ヒロインの言語学者アリスは、若年性アルツハイマー病になり、かつての生活を失っていきます。その苦しみを訴えた講演は、この小説の白眉でしょう。一部、紹介します。
 わたしはハーバードではもう仕事をしていません。論文や本を読んだり、書いたり調べたりすることができません。わたしの現実はほんのしばらく前とはすっかり変わってしまいました。そしてすっかり歪んでしまいました。自分が何を言い、何を考え、自分のまわりで何が起きているのかを理解するための普通の通路が、アミロイドのおかげで塞がれてしまっているのです。言いたい言葉を探しあぐね、間違った言葉を言っている自分に愕然とします。空間的距離を自信をもって判断できません。その結果、物を落としたり、転倒したり、自宅から二ブロックしか離れていないのに迷子になったりします。(上掲訳書311頁)

滅びざる幸福こそ人生の目的

宗教的経験の諸相 上 (岩波文庫 青 640-2)
W.ジェイムズ
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 絶対、死にたくない人間が、絶対、死ななければならない。これほどの矛盾があるでしょうか。このような矛盾を抱えた私たちに、本当の安心がえられるはずはありません。すべての人が求めているのは、一切が滅びる中に、滅びざる永遠の幸福ではないでしょうか。

 もし人生が善であれば、人生の否定は悪とならざるをえない。それにもかかわらず、この二つは、等しく人生の根本的な事実なのである。したがって、すべて自然のままの幸福は矛盾を含んでいる。そのまわりには墓場の匂いが立ちこめているのである。(中略)私たちが、死ぬことができる、病気になることができる、という事実が、私たちを悩ますのである。私たちが、さしあたっていま、生きており、そして健康である、という事実は、その悩みにとっては重要な問題でない。私たちは、死と関連していない生を、病気にかかることのない健康を、滅びることのないような種類の善を、つまり、自然的な善を超越した事実のうちにある善を、求めるのである。(上掲書212頁)

成功者の悩み

宗教的経験の諸相 上 (岩波文庫 青 640-2)
W.ジェイムズ
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 外からは成功者と見られている人でも、心から満足している人は少ないと、心理学者W・ジェームズは指摘しています。

 もっとも幸福な人間、世間の羨望の的となっている人間をとってみても、十人のうち九人まで、その心の奥底の意識は、失敗の意識なのである。彼が達成しようとした理想が、達成された事業そのものよりもずっと調子の高いものであるか、それとも、彼は、世間の夢にも知らないような秘密の理想をいだいてはいるが、内心では、自分がその理想に達しえないことを知っているか、いずれかなのである。
 ゲーテのような無類の楽天家が次のように自分を表現するとき、彼ほどの成功に恵まれぬ者はどう自己を表現すべきであろうか?
「私は自分のたどってきた人生行路に、」と一八二四年、ゲーテは書いている。「いささかも不服をとなえようとは思わない。しかし、結局、私の生活は苦痛と重荷にすぎなかったし、七十五年の生涯において、真に幸福であったのは四週間とはなかった、とさえ断言できる。私の生涯は、たえず転がり落ちるので永遠にもち上げてやらねばならぬ岩のようなものでしかなかった。」(上掲書208頁)

仏教と西洋の出会い

神
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疑いがあるから「信じる」

神
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 常識では「信じている」といったら、「疑っていない」という意味になります。しかし、もし疑う余地の全くないころであれば、「信じる」必要はありませんから、「信じている」とはいわずに、「知っている」といいます。「お父さんは男だと信じている」という子どもはいません。  世間一般の宗教で「信じている」といっているのも、「疑い」 の心を抑えつけて「信じている」のですから、そこには必ず「疑い」があるのです。あのマザー・テレサが、神を50年間、疑っていたと聞いても、なんら驚くことではありません。
マザー・テレサが亡くなって何年も経ってから、彼女が五十年近くの間、神の存在を疑っていたことがわかり、多くの人が強い衝撃を受けました。(中略)「かつて幾たびも感じていた神の存在を、内的に実感できなくなった」、そして「あれほどの苦しみを目の当たりにして、たえず疑いの気持ちが湧いていた」と言っているのです。信仰は疑いを許すものであり、疑いは信仰を失わせるものではない、ということですね。(上掲書223頁)

孤独は死を早める

「居場所」のない男、「時間」がない女
水無田 気流
日本経済新聞出版社
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「孤独」は、健康を損ないます。OECDに「世界一孤独」といわれた日本の男性には、耳の痛い話かもしれません。

  • 孤立は、人間に対し極めてマイナスに作用する。まず人間は、孤立するほど自殺しやすい。あたりまえの指摘のように思われるかもしれないが、この事実が初めて学術的に検証されたのは、19世紀後半のことである。(中略)米ブリガムヤング大などの研究チームが、アメリカのオンライン科学誌『プロス・メディシン』に発表した「社会関係と死亡リスク」調査によると、家族や友人、隣人に恵まれた高齢者は、孤独な高齢者に比べ、生存確率が1.5倍も高いという。(中略)一方、孤立は、アルコール依存症や、たばこを1日15本吸うのと同じくらい健康に悪いという。 (『「居場所」のない男、「時間」がない女』69-70頁)

人生は苦なり

「居場所」のない男、「時間」がない女
水無田 気流
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 釈迦は「人生は苦なり」と説かれましたが、現在の日本も変わりません。一般に男性は居場所がないために、女性は時間がないために、苦しんでいるようです。

  さて、女性は自宅近辺でのんびり生活しているのだろうか? 実は日本の既婚女性は家事・育児も含めた総労働時間は男性よりも長く、睡眠時間は短い。(中略)では、男性は女性よりも自由で幸福なのだろうか? 幸福度で見ると男性は女性よりも低く、孤独死も自殺数も女性の倍である。最大の原因は、男性の孤立であろう。日本の男性は、仕事以外の人間関係が極度に乏しく、「世界で一番孤独」とされる。(『「居場所」のない男、「時間」がない女』5頁)

森鴎外の煩悶『青年』

青年
青年
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(2012-09-13)

森鴎外は、「本当の人生」とは何か、本当の意味で「生きる」とは何かを探し求めましたが、その答えはわかりませんでした。しかしそれは、森鴎外だけではなく、周囲の人も同じだと、『青年』で次のように語っています。

 一体日本人は生きるということを知っているだろうか。小学校の門を潜〔くぐ〕ってからというものは、一しょう懸命にこの学校時代を駈け抜けようとする。その先きには生活があると思うのである。学校というものを離れて職業にあり附くと、その職業を為〔な〕し遂げてしまおうとする。その先きには生活があると思うのである。そしてその先には生活はないのである。
 現在は過去と未来との間に劃〔かく〕した一線である。この線の上に生活がなくては、生活はどこにもないのである。
 そこで己は何をしている。(『青年』)

 私たちは生きて何をしているのか? 何をすべきなのか?
 本当の人生の目的、生きる意味を探し続けたものの、ついに見つからなかった鴎外は『妄想』の中で、「自分は此儘で人生の下り坂を下つて行く。そしてその下り果てた所が死だといふことを知つて居る」と語っています。

森鴎外の煩悶『妄想』

妄想
妄想
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(2012-09-27)

 百年前に活躍した明治の文豪、森鴎外は典型的な天才で、少年時代からドイツ語をマスターして、十九歳で東大の医学部を卒業すると、ドイツに四年間、留学して最新の医学を学びました。日本に戻ってからは、陸軍の医師になりましたが、着実に出世して、とうとう最高の位の軍医総監にまで登りつめています。その一方、小説もさかんに書いて、『舞姫』や『高瀬舟』などの傑作を残しました。

 外から見れば、トントン拍子に出世して、エリート街道を突っ走った成功者に見えます。「こんな上り坂の人生を送りたい」とあこがれますが、本人は少しも満足していませんでした。
 森鴎外自身は、「こんなのが本当の人生ではない」と常に感じていたと告白しています。自分は舞台に立たされて、役を演じさせられているだけだと言っています。後ろから、誰かに、学生時代は「勉強しろ、勉強しろ」と鞭で打たれて、医者になったら「働け、働け」と鞭で打たれて、小説家になったら「書け、書け」と鞭打たれて、仕方なく、その役を演じているだけだ、と言っています。もっと他に、本当の人生があるのではないだろうか? 舞台から降りて、本当の人生とは何か、考えたいけれども、それもできない、と言っています。自伝的小説『妄想』で、次のように語っています。
 生れてから今日まで、自分は何をしてゐるか。始終何物かに策〔むち〕うたれ駆られてゐるやうに学問といふことに齷齪〔あくせく〕してゐる。これは自分に或る働きが出来るやうに、自分を為上〔しあ〕げるのだと思つてゐる。其目的は幾分か達せられるかも知れない。併し自分のしてゐる事は、役者が舞台へ出て或る役を勤めてゐるに過ぎないやうに感ぜられる。その勤めてゐる役の背後〔うしろ〕に、別に何物かが存在してゐなくてはならないやうに感ぜられる。策〔むち〕うたれ駆られてばかりゐる為めに、その何物かが醒覚〔せいかく〕する暇〔ひま〕がないやうに感ぜられる。勉強する子供から、勉強する学校生徒、勉強する官吏、勉強する留学生といふのが、皆その役である。赤く黒く塗られてゐる顔をいつか洗つて、一寸舞台から降りて、静かに自分といふものを考へて見たい、背後〔うしろ〕の何物かの面目を覗〔のぞ〕いて見たいと思ひ思ひしながら、舞台監督の鞭〔むち〕を背中に受けて、役から役を勤め続けてゐる。此役が即ち生だとは考へられない。背後〔うしろ〕にある或る物が真の生ではあるまいかと思はれる。併しその或る物は目を醒〔さ〕まさう醒〔さ〕まさうと思ひながら、又してはうとうとして眠つてしまふ。(『妄想』)

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